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不妊治療と仕事の両立支援の動きと、企業の取組みのポイント

作成者: 寺西 知也|2021/09/24 6:17:37

日本において、少子化や労働人口の減少は、社会保障制度や企業活動などにも大きな影響を及ぼす、喫緊の課題だ。
内閣府、厚生労働省は、少子化対策、離職防止を含めた女性活躍支援の対策のひとつとして、不妊治療と仕事の両立支援に本格的に力を入れ始めた。
今年4月には、経団連をはじめとした経済団体へ「不妊治療と仕事の両立ができる職場環境整備」に関する要請があり、今後、企業でも取組が大きく進むことが予想される。

そこで本記事では、企業が取組みを進めるにあたり必要な情報をまとめる。
まずは不妊治療の現状を確認し、それをふまえた国の動きとして、両立のための職場環境の整備、そして不妊治療に係る経済的負担の軽減についてまとめる。最後に、人事担当者として不妊治療との両立を支援する際のポイントをお伝えする。
取組みの参考にしていただけると嬉しい。

目次

1.不妊治療の現状: 夫婦5.5組の1組は不妊治療を経験するが、仕事との両立は難しい

日本において、不妊の検査や治療を「受けたことがある、または現在受けている」夫婦は、夫婦全体の5.5組に1組※1に上り、今や特別に珍しいものではない。結婚年齢の上昇や晩産化による影響などから、不妊治療を受ける人の数は増加傾向にある。

さらに2020年はコロナ禍の影響も重なり、妊娠届け出数が前年の▲4.8%減となった。これを受けて、国は今後も不妊治療を受けやすい環境づくりに向けた支援を進めていくだろう。それに伴い、働きながら不妊治療を受ける人の数も増えていくと考えられる。

一方で、不妊治療開始後の日本女性の約6人に1人が離職している※2という、不妊治療と仕事の両立のむずかしさが明らかになっている。

※1 国立社会保障・人口問題研究所「2015 年社会保障・人口問題基本調査」
※2 順天堂大学 J-FEMAスタディ「日本人女性における、不妊治療開始後の離職のリスクファクター」

労働人口が減少し、企業にとっても人材の確保がむずかしくなっていく中、スキルを身に着けた従業員の離職は避けたい事態だ。そして少子化はさらなる労働人口減少につながり、いずれは各企業の存続にも影響する。今、企業も一丸になっての積極的な取組みが必要だ。

こうした状況をふまえて、国はどう動いているのか。2020年5月に閣議決定された少子化社会対策大綱を踏まえ、内閣府および厚生労働省が連携して必要な検討を行うために、同年10月・12月に「不妊治療を受けやすい職場環境整備に向けた検討チーム」による検討会議が行われた。

国の動きは大きく2つある。ひとつは「両立のための職場環境の整備」、もうひとつは「不妊治療に係る経済的負担の軽減」である。

 

2.国の動き(1) 両立のための職場環境の整備(企業向け要請など)

まず「両立のための職場環境の整備」ついて見ていこう。上記の検討チームでの取り組み方針を受け、内閣府および厚生労働省から、経団連をはじめとする経済団体へ、不妊治療との両立支援に関する要請書が提出された。また、次世代育成支援対策推進法に基づく「行動計画策定指針」の改正も行われ、企業内での不妊治療に対する理解促進を求める内容となっており、働き方に関する措置と、社内における取組み、個人情報保護についての内容が新しく追加されている。

経済団体へ提出された要請書には4つのポイントが挙げられている。それぞれの内容と背景について順にまとめる。

・職場内での不妊治療への理解促進
・不妊治療を受けやすい休暇制度の導入
・個人情報保護とハラスメントへの留意
・相談を受けた際の不妊症及び不育症に関しての情報提供

 

要請内容①「職場内での不妊治療への理解促進」

(内容)
休暇の取得や、プライバシーの保護、相談対応について職場内で理解促進をすること。
※促進にあたり、厚労労働省では、本人、職場の上司・同僚向けハンドブックを用意している。

(背景)
不妊治療に係る実態(通院日数や体調の変化等)について「全く知らない、ほとんど知らない」人の割合は、76%に上る。また、不妊治療と仕事を両立する上で行政に望む支援としては、「不妊治療への国民・企業への理解を求める」が約48%と最も多くなっている。※3
また、不妊治療をしている人と一緒に働く上で必要な情報については、「どの程度休みが必要か(時期、頻度)」の情報、そして「不妊治療に関する一般的知識」といった回答が多い。
そのため、企業としては不妊治療に関する知識と両立のポイント、本人の負担について基本的な知識をインプットする必要があるし、夫婦の約2割に及ぶことを考えると「不妊治療」が特別な治療という認識をなくす取組みが必要となってくる。


※3 平成29年度『不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査研究事業 調査結果報告書』(wiwiwにてグラフ作成)


要請内容②「不妊治療を受けやすい休暇制度の導入」

(内容)
通院に必要な時間を確保できるよう半日・時間単位で取得できる年次有給休暇制度など、職場に知られたくない方がいることにも配慮した、多様な選択肢を用意することが望ましい。

(背景)
2021年度厚生労働省「不妊治療を受けやすい休暇制度等環境整備事業」も始まる予定もあることから、2021年度には、ある程度の休暇制度モデルが確立していくだろう。
不妊治療については、両立できなかった(できない)人の割合は、34.7%。両立において最も難しいのは、通院回数に関する時間的なこと、次に精神的負担と答えている。不妊治療と仕事の両立を支援するためには、通院に必要な時間を確保しやすい制度を整えることが必要である。

・定期的な通院・入院に対するもの
・突発的な通院に対するもの
・服薬による体調不良に対するもの など…

半日・時間単位で取得できる年次有給休暇制度の柔軟化、失効年休積立制度の不妊治療目的での利用などがあげられる。
ただし、当事者の約58%は、不妊治療について職場に一切伝えていない。その理由は「不妊治療をしていることを知られたくない」、「周囲に気遣いをしてほしくない」というものが最も多い。休暇制度を整える際には、利用目的を職場に知られずとも利用できるよう配慮する必要があるだろう。


要請内容③「個人情報保護とハラスメントへの留意」

(内容)
不妊治療を含む妊娠・出産等に関する否定的な言動がハラスメントにつながる。また、不妊治療等の機微な個人情報の取扱いに留意する必要がある。

(背景)
不妊治療について、職場で伝えていない割合が多く、「知られたくない」理由として、不妊治療が子どもを出産する生殖行為に係る非常に機微な内容であることが考えられる。
そのため、治療に関する個人情報の取り扱いは、企業としての取り扱い方針はもちろん、相談を受ける上司や管理職に対しても対応方法をしっかり伝える必要がある。
対応方法の中でも、不妊治療を含む、「妊活」に対するハラスメントについては特に注意する必要がある。妊娠不妊治療をしていることを職場に伝えている人のうち、職場で上司や同僚からの嫌がらせや不利益な取り扱いを受けた人の割合は18%※3となっている。

 

要請内容④「相談を受けた際の不妊症及び不育症に関しての情報提供」

(内容)
企業内で相談を受けた場合、従業員に対して不妊治療、不育症治療に関する情報提供を各都道府県、指定都市、中核市が設置している「不妊専門相談センター」の情報を提供する。

(背景)
人事担当者が相談を受けた場合、自社の制度や両立に関する情報提供の他に「不妊症治療・不育症治療」についての情報提供が必要となるが、専門性と個別性が必要になるため、
「不妊専門相談センター」https://www.mhlw.go.jp/content/11920000/000689250.pdf
を紹介して、個別に相談をすることを推奨するものとしている。

また、不妊症治療だけでなく、不育症治療についても情報提供が必要性であり、それぞれの違いは下記となる。

○不妊症
妊娠を希望し、避妊のない生殖行為があるが、一定期間妊娠しない状態
※公益社団法人日本産婦人科婦人科学会では1年程度としている

○不育症
妊娠を希望し、妊娠はできるものの、連続して2回以上の自然流産となる反復流産や、連続して3回以上の自然流産となる習慣流産、死産、早期新生児死亡を繰り返すこと
※厚生労働HPより

「不育症」については、子どもを授かった喜びの後の流産・死産のつらさがあり、メンタル面での理解や対応が企業側では必要となる。

 

3.国の動き(2) 不妊治療に係る経済的負担の軽減(本人/企業向け助成制度など)  

次に、経済的負担の軽減に関する動きを見ていこう。

本人への支援  / 助成から医療保険適用へ


これまで「特定不妊治療」(体外受精や顕微授精)への助成金は「1回目30万円、2回目以降15万円」が上限であり、助成を受けるには所得制限があった。この点についても見直しがあり、今年1月以降に終了した治療に対しては、2回目以降も30万円にまで引き上げられ、所得制限も撤廃されることになった。助成回数についても、生涯で通算6回まで(40歳以上43歳未満は3回)であったものが、1子ごとに6回まで(40歳以上43歳未満は3回)と拡充されている。また、治療が中断になった場合でも10万円の補助金を申請できる。

2021年4月からは、小児・若い世代のがん患者に対して、将来に子を持てる可能性を高めるための助成を開始した。その他、東京都では、妊娠しても流産や死産を繰り返す「不育症」に悩む夫婦への検査助成金がある。

2022年4月には、公的医療保険で適用拡大範囲の検討が進んでいる。対外受精や受精卵の培養、男性不妊の薬剤治療などの他、日本生殖医学会がまとめた生殖医療ガイドラインをもとに更に議論が進む予定だ。

 

厚生労働省HPより引用

 

企業への支援

企業への助成としては、中小企業に対して両立支援等助成金(不妊治療両立支援コース)で支援している。

支給対象・支給要件を満たすと、要件ごとに異なり、「環境整備、休暇の取得等」であれば1事業主28.5万円程度、「長期休暇加算」であれば1事業主28.5万円(1事業主において年間5人まで)が助成される。支給要件の具体的内容は下記の通り。その他、不妊治療のための休暇を新たに導入したい場合は、「働き方改革推進助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)」もあり要件を満たすと最大50万円が助成される。

(1)不妊治療と仕事の両立のための社内ニーズ調査の実施
(2)整備した下記①~⑥の制度について、労働協約又は就業規則への規定及び周知
 ①不妊治療のための休暇制度(特定目的・多目的とも可)、② 所定外労働制限制度、
 ③ 時差出勤制度、④ 短時間勤務制度、⑤ フレックスタイム制、⑥テレワーク

 

4.不妊治療両立支援の取組みの視点  

人事担当者として不妊治療との両立を支援するポイントは下記の3つになる。


① 不妊(不育)治療は、女性以外の性別も含めた支援を考える

② 上司や同僚が不妊治療について正しい知識を得て、必要な配慮ができるようにする不妊治療を受ける従業員が安心して働き続けキャリア形成できるようにする

そのうえで、取り組み範囲をフレーム化すると下記のようになり、ソフト面・ハード面含めた対応を同時に推進することが重要である。

 



また、不妊治療の両立支援はどの人事担当セクションで取組むのかという疑問については、不妊治療と仕事の両立支援を健康経営的な視点で「治療と仕事の両立」で考えるか、ダイバーシティ&インクルージョンの視点で「仕事と育児の両立支援」の一環として考えるかで企業内の担当セクションが変わるため、人事部内で整理する必要がある。

「仕事と治療の両立」は、がん等の罹患により1カ月以上の休業を必要とする疾病を主な対象にしており、取組みについても、「予防」「環境整備」「認知」「通院休業支援」「復職支援」とフェーズに分け、「本人」、「人事」、「上司」、「産業保健スタッフ」とそれぞれの対象者の取組みポイントや健康情報の取り扱い規定を整備した上で進める必要があり、支援方法についても異なる部分が多い。不妊治療は「疾病」とは異なる点と、女性活躍支援の視点から管理職に対して両立に対する意識付け等を実施していくことを考えると、仕事と育児の両立支援の流れで考えた方が取組みが進めやすいだろう。

 

5.まとめ

不妊治療と仕事の両立支援については、これから取組みを始める企業がほとんどだと思う。特に、不妊症治療や不育症治療をする本人にとって、同僚の子どもに関する話題が非常に辛かったり、今後推進される「男性育児休業取得促進」の話題も理解はできても、好意的に受け取れないこともあるかもしれない。そのような不妊治療における独自性や特殊性も考慮しながら各企業での取組推進をしていただけると大変嬉しい。弊社でも、今後不妊治療に関する新しいサービスをリリースする予定である。